目覚めへの道のり11 在る

目覚めの不安定さが緩やかになるとともに、今まで気づかなかった微細な努力にも気づくようになります

観ることと観ないことの間にある微妙な緊張、微妙な努力、それも落ちるときがやってきます

それは、言葉で表すにはとても難しさを感じるのですが、観ること観ないこと、囚われることや囚われないことの差がなくなる、一つになるような感覚です

しかし、それはけして特別なことではなく、今までいた場所が、まさにその場所であった、というようなことなのです

流れそのものが本質となる、それそのものを生きるということでもあるのです

マインドが起こらなくなるわけでもなく、人間の持っている感覚や感情をその個性のままにダイレクトに感じることに抵抗が起こらなくなり、それでいて、自分というものは言葉では表せない在る、静けさという感覚でしかないのですが、起こることは常に今ここでしかなく、しかし、本質にはなにも影響がないのです

これを読んでくださっている方々が、この言葉のみを捉えず、自分自身で確かめていかれることを願っています
誰一人として同じ個性はないように、目覚め方や表現の仕方も同じということはありません
一つ一つの個性はあれど、そこに差はなく、また今この瞬間も自分自身そのものを生きていることに変わりはないのです



yuki inada | 過去の記事 | 14:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
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